夫氏と息子氏は初の日本の年末年始。
私もかれこれ8年ぶり。
1ヶ月ほど前になって急に実家に帰ることに決め、実家の父に報告すると、彼は彼で自分の実家へ帰るという。
ま、しゃあないね。決めるの遅かったし。
でも早めに帰ってくるということで、最後の2日は一緒に過ごせた。
行きの新幹線から富士山がキレイに見えた。
新幹線の窓から必死で富士山を撮る自分自身に、“あぁ、私もいっぱしのおばちゃんになったな。”と思った。
・・・いや、外国人の妻として日本の象徴であるMt.Fuji を撮ってあげただけである
(←必死)
大晦日は、いとこのHちゃんとSちゃんファミリーが来てくれて一緒に年越し蕎麦を食べた。
日本でした結婚式以来ご無沙汰していたHちゃん(♂)も偶然中型二輪の免許を取ったところで、しかも夫氏が買った同じバイクの購入を考えているというので、ひょんなところで夫氏と話が合い盛り上がっていた。
翌朝、激寒なのにバルコニーに出て今年の抱負を語り合う子ども達。
元旦は、私の生家へ行った。
生家というのは私の実の父親が住んでいる家である。
実家と言っている家に居る父親は、10年前に亡くなった母の再婚相手である。
私が成人してからの再婚だったけど、私はなぜか違和感なく“お父さん”と呼び、そしてそこはまぎれもなく私の実家である。
夫氏は実の父に会ったことがなかったので会うのを楽しみにしていた。
この生家は、私の両親が離婚してからも私は毎年元旦には訪れていた場所。
父親の方のいとこのYちゃん(同い年)とずっと姉妹のように仲良くしていたので、正月以外も生家の近所にあるYちゃん宅へはかなり頻繁に泊まりに行ったりして一緒に遊んでいた。
でも正月にここを訪れるのはきっと20年ぶりぐらいかな。
当時は自分達が一番子どもで周りは大人だらけだったのに、今は自分達の子どもがワイワイ騒いでいるのが変な感じがした。
しかもお年玉の立場も逆転。
何を隠そう、お年玉をあげたのはこの年になって初めてである。ま、きょうだい居らんからな。
そこの私のいとこ達の子ども達は、息子氏以外全員女の子である。
しかも全員年上。
最初はみんなに囲まれて圧倒されていた息子氏も、最後は『○○ちゃんはぁ?』とか、果ては『○○はぁ?』と呼び捨てである。
そこでの元旦の過ごし方は、私が子どもの頃は、みんなでお雑煮を食べて近くの神社で散々遊んで、夜はお節(お鮨も食べてたかな?)。
でも最近は少々変わったらしく、お雑煮を食べて少しだけ神社へ行った後は、ロイヤルホテルへ行き宴会場で開催されている催しへ行くらしい。
初めてそこへ行ってみると、かなり大きな会場にテーブルとイスが並べられていて、家族連れがいっぱい。
チケットを買い、会場内の周りにグルリと出店されている屋台で好きな食べ物などを買って食べながら家族でくつろぐもよし、舞台で繰り広げられているマジックなんかを見るのもよし、と言うとても自由な空間である。
下の階へ行くと、子ども用に色んなゲームがあり楽しめる。

親戚の女の子に守られながら歩く息子氏。( ´艸`)
そして夜は、
いとこのYちゃんの旦那さんお手製のお節。
旦那さんとYちゃんは去年から中国料理やさんを営んでいる。
このお節も純粋な日本のお節とはちと違い、中国料理風お節。
めっちゃめちゃ美味しかった~~~~♪
お店としても販売したようなので、来年は私たちも購入決定☆☆☆
それからてっちりと、
ふぐ刺しと、黒毛和牛のしゃぶしゃぶ!
しゃぶしゃぶお肉が一枚一枚包装されているという高級っぷり。
このお肉はYちゃんの旦那さんの仕入れ先から安く仕入れたらしい。
めちゃめちゃ美味しいお肉だった。
なぜかしゃぶしゃぶといえば豚。のイメージがあった私は、すっかり忘れていた。
大阪人にとって、しゃぶしゃぶといえば牛ではなかったか。
大阪人にとって、『お肉』といえば牛ではなかったか!
大阪人失格である。_| ̄|○
すっかり東京かぶれしちまったさ。ププ( ´,_ゝ`)
初詣篇へつづく 
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